その2

暗闇の中を一人ぼっちで飛ぶというのは恐ろしいものである

離陸後まずは目標を見つけようと周辺を見渡すが灯が点在していて、どれが自分の設定した灯なの全くわからない

ヤバいこのままでは機位を失って基地に帰れなくなってしまうのではないか

そういう考えが頭に浮かんだとたんにうろたえてしまった、どうする?

書いてしまえば大したことも無いように思えるが、実際はその時点でパニック状態に陥りかけていた

 

人は緊急事態に陥るとどうしようと考えるが実際には何も考えていない場合が多い

どうしようとは思うが対処法を何も考えていない状態、すなわちパニック状態に陥り何も出来ないことになる

 

幸いにもその時は自分がパニックに陥りかけていることに気が付き自分を落ち着かせることができた

 まて、見えないだけでいつものところを飛んでいるだけだ、もっと高度が上がれば博多も北九州も見えるから問題ない

そう自分に言い聞かせて落ち着きを取り戻し予定通りにフライトを終えることができた

 

この体験は今でも生きている

 

いずれ書くことが有るかもしれない体験を、よくそんなに落ち着ていいられたねと言われたことがある

命の危険がある緊急事態だったのだがきっとこの時の体験が役に立っているのだろう

 

 

 

 

 

初ナイトソロ

飛行機は夜も飛ぶ

防府でもナイトフライトの訓練はあったがあくまでも教官同乗での訓練だった

芦屋では数度のナイトフライト訓練の後ソロでナイトフライトを行うことになっていた

ソロフライトは教官の怒声という最高のプレッシャーが無いのだから全て自分の判断次第という不安があっても楽しいと言えば楽しくもあり気楽らくといってもいい

 

しかし教官は怖いが頼もしくもある

いざとなれば教官が判断してくれるので不安というものはない

 

昼間の空と夜の空は全く別の世界である

昼間ならどこを飛んでいるのかを知りたければ地形を見ればいい、しかし夜ともなれば闇とその間に点在する光だけ

そこで事前に街がどこにあって灯台がどこにあるなど光が確認できるポイントを調べておいて自分の位置を判定出来るようにしなくてはいけない

もちろん私も参考になりそうなポイントを調べて初のナイトソロに備えてはいた

 

いよいよ訓練開始、暗闇の中に飛び上がる

まずはポイントとなる光を探す・・・

が、ポイントの光がわからない

光がないのではなくて同じような光がいくつもありどれが自分の設定したポイントなのか分からない

 

今の時代のようにグーグルマップがあるわけでなし、地図を頼りにポイントとなる光を探すのはいいが、ポイントになろうがなるまいが光のあるところはいくらでもあるのだ

自分が欲しい情報だけを集めてもこうであるはずだという希望的観測でしかない

 

長くなったので続きます

どうしようもない

高速失速と判断しスティックを引く力を緩め再び引き戻す

ドドド

やはり失速の兆候だ、もう一度力を緩めるがループを行うために上昇中だこれではループは出来ない

 おかしい

速度計に目をやるとすでに速度は200ノットを切っており更に針は下がり続けている

あっ!そこでようやく事態が呑み込めた

速度計のドラムばかりを注視して速度計のもとの針を見ていなかったのだ

つまり320ノットで始めなければならない所を220ノットで始めていたに違いない

気が付いたときにはすでに手遅れ、すでに予期せぬ垂直状態になっていた

事態が呑み込めれば後がどうなるかは想像できる

スティックもラダーもスカスカで手ごたえはなく落ちるに任せるのみである

 

T-1は非常に安定性のある機体で、仮にスピン(錐もみ)状態に入っても手を離せば自分から回復するほど安定しているので、頭では大丈夫と思いながらも心は恐怖と不安でいっぱいだった

速度計との睨めっこはしばらく続いたがやがて回復するに充分な規則が付き必死に操縦かんを引いた

 

うっかりでは済まされないミスをしたものだ、戦争中なら確実に死んでいるようなミスだから

 

私は元来大雑把な性格をしている

田舎に生まれ田舎で育ってなるがままに生きてきていた

周りも、そういえば親父も適当な性格をしていたように思う

 

空で生きていくためには致命的なことではないか

後にそういう考えに至った

 

備えあれば憂いなし

その日のソロフライトは天候も良く順調に演目をこなしていたハズだった

まずは軽くロール系からエルロンロールにバレルロール

よし次はループをやるかと思いやや機首を下げ機速をあげる

現代の戦闘機は機体重量よりも推力が上回るためエネルギーを失いやすいループ系も軽々こなすがT-1だとある程度速度を付けてエネルギーを得なければループなど出来ない

 

速度計はぐんぐん上がる、開始速度は320ノット

速度計は車の速度計のように円盤の中の目盛りを針で指し示す以外に1ノット単位で示すドラムと言うのがある

100ノット単位は速度計の針を参考にしてそれ以下はドラムを見て判断する

 

ドラムはクルクル回りやがて20を指示した

 よし今だ

スッティックをグイと引き機種を持ち上げる

ふいにドドドとスティックから振動が伝わってきた

 

失速に陥るのは速度が足りない時だけではない、高速でも迎え角が大きくなりすぎて翼を流れる空気に対して迎え角が大きくなりすぎることで剥離が起き失速することもある

高速失速というやつだ

 

繊細かつ大胆に

繊細と大胆は一般的には反対に位置する言葉とイメージされていて両立することはあまり考えられていないと思う

しかしパイロットにはその両立が求められている

 

物事を大体で済ます人間には飛行機を操縦することはできない

いずれどこかで事故を起こすことになるのは目に見えている

 

かといって飛行機を操縦するときに細かいことに気を取られればそれもまた事故のもとである

 

完璧に準備をし、細かいところまで気を配りながらやらなければならないことには迷うことなく臨まなければならない

 

飛行中に緊急事態に陥った場合にやらなければならないマニュアルがある

予め備えていなければ対処できずに事故に発展してしまうので、微に入り細に入り決められている

 

その中に予期せぬ垂直状態になった場合の対処法も学んだのだが

想像できるだろうか、人が意志を持って操縦している機体が気が付けば垂直状態になり対処しなければ失速してしまう状況を

そんな状況は有り得ないと思う

 

私はある日のソロフライトで色々と考えることになる

 

イーグルアタック

訓練の中に低速時の操縦感覚を養う目的で行われるスローフライトという演目がある

ギアとフラップを下ろし失速手前の速度で飛ぶというものだ

通常の飛行中はクロスチェックといって計器と周りの状況を素早く見回しながら飛んでいるが

スローフライトの時だけは計器と操縦桿に神経を集めながら飛んでいる

 

その日もスローフライトの訓練に入り飛ぶことに集中していると教官が何やらブツブツという声が聞こえてきた

「ちくしょー、なんだあいつら・・・・人の訓練空域に・・・・くそ」

どうやら何かいるらしいがこちらはそれどころではない、何しろ失速寸前の速度で飛んでいるのだ

その時

ドーン、ゴゴゴ・・・・

1機の飛行機が左後上方から私の乗っているT-1の脇をかすめて左前下方へと駆け降りていった

えっ、あれイーグルじゃね?

 

当時F-15は米空軍の戦闘機でで自衛隊に導入予定されていた最新鋭の機体である

私たちにとって憧れの戦闘機である

何でイーグルが?えっ?えっ?

その時再び

ドーン、ゴゴゴ・・・・

2機目のイーグルが脇をすり抜けていった

 

しばらくして気がついた、よたよた(スローフライトだから当然)と飛ぶ航空自衛隊ひよっこを見つけた米空軍のイーグルドライバーがアタックをかけてきたのだ

恐らくちょっと揶揄ってやるかというところだろう

 

しかし、いくら同盟国とはいえ他国の訓練空域に勝手に入ることなど許されることは無い

 

教官はそれからもしばらくブツブツと何かを言っていたがこちらはそれどころではない、F-15イーグルにアタックをかけられたのだから

それは女の子が憧れのアイドルに声を掛けられたようなものである

その時の私の興奮ぶりは言い表せないものがある

 

地上に戻ったあと俺、イーグルにアタックをかけられたよー

と言いまくったのは覚えている

 

恐らく教官の報告から米軍にクレームは行ったかもしれない

 

今になって思う

当時の米軍は自営隊を舐め切ってたんだなー

 

関西人というのは

自衛隊に入ると全国から人がやってくる

出身地は人それぞれ、方言もそれぞれ

その中で絶大な影響力を持つのが関西弁だ

 

はじめのうちはそれぞれの方言で話をするが、慣れてくるにしたがって、ほぼ全員が自分の言葉は方言だと気づき標準語(今では死後か)に慣れようとする

 

しかしただ一つ例外がある

関西人だ

全員が標準語になれようとする中、堂々と関西弁で押し通す航空学生に入隊したのちの一時期、関西弁が蔓延したことが有る

 

ようは関西人は無神経なのである、人のことに気を回すことなどありえない

そこまでいけば周りが関西弁に影響されるのは当たり前の事

 

さて英語にも関西鉛がある事を知っている人がどれだけいるだろうか

訓練機の通信は地上でモニターされ全員が聞くことになる

 

通常管制との交信は学生が行うが時として教官が行うこともある

「芦屋他タワー、〇〇…」

関西弁のイントネーションの英語がどれだけ面白いことかは聞いたことが有る人は知っているだろう

 

関西人恐るべし