続き

Nは付属中学上がりで注意すべき同級生として話を聞いていた

寮の自習室に組の一の子分でNが兄貴と呼ぶ男が土足で

「坊ちゃんは居るか」

と言いながら入ってきたとか

 

私やNの居る寮はグラウンドを挟んだ校舎の向かい側にある

したがって学校から帰る時には見晴らしの良いグラウンドの端を横切っていく

ある日寮に帰ると玄関の前にNが立っていた

その傍らにサングラスをかけた男が土間のタイルの上に腰をかけている

初見ではあるがどうみてもNが兄貴と呼んでいる男だという事は理解した

しかし引き返すわけにはいかない

見晴らしの良いグラウンドである、姿を見られている以上ここで引き返したら変に思われる

 

「〇〇(私)頼みがあるんだけど」

(きた)

「柔道部のTを呼んできてくれないかな」

準母校はスポーツ校である

全国制覇の実績を持つクラブもあるし、その当時の柔道部は全国経験もある有力クラブの一つだった

Tと言えば私も名前を知っている柔道部のエースで喧嘩にでもなれば私などあっという間にノックアウトされる

 

「頼むよ、カタを付けなきゃいけないんだ」

兄貴が追い打ちをかける

「呼んで来い」

道理でグラウンドに出てから誰も見かけなかったのかと得心した

辺りはありえないほど静まっている

寮の中からも人が消えたかのように咳払い一つ聞こえてこない

 

選択肢のない頼みを受けて私は再びグラウンドを横切り準母校の部室に向かった

(Tが居なければいいんだ)

誰だって結果が見えている呼び出しの使いなどしたくないだろう

私もそうだ、恨まれることはあっても良いことなど一つもない

 

柔道部の部室のドアを開けると下級生らしき学生にテーピングをしてもらっている男がいた

会ったことは無いがTに違いない

「T君って子いるかな?」

「はい、僕ですが」

実に爽やかだ

 

「Nを知ってるかな、T君を呼んで来いと言われたんだけど」

Tの顔がこわばった

その時に素晴らしいアイデアが浮かんだ

自分でも褒めたいくらいだ

「今日は風邪をひいたと言って帰ってくれないかな、ヤクザみたいなのも来てるからこんなことに協力なんかしたくないんだ。帰ってくれたらそう言っておくから」

Tが明るくわかりましたと言ってくれた

 

こうして難を逃れたのだが

 

私は大ウソつきかもしれない・・・