村上英士と源田実 その3
実際にどのような会話が行われたのか私にはわからないし知る由もない。
ただ結果として浜松基地の飛行場を民間の飛行クラブが使用することは無かった。
以下は私の想像である
長い沈黙は源田を苛立たせた。
自分の要請になかなかOKを出さない自衛隊に乗り込んで来たのは何が何でも今日、結果を出させるためである。
なのになかなか返答をしないのである。もちろん返答とは自分の要請を了承したということ以外にない
「了承いたしました、そのように進めさせていただきます」
と言えばいいだけではないか。何も言わないのは自分の頼みを聞くつもりがないのか。
源田は自分の要請を断られることなど全く想定していなかった。航空自衛隊の中に自分に逆らえるものなどいるはずもないのだから。
「源田さん、とても引き受けることのできない相談です。お引き取りください」
ついに村上が口を開いた。同席した自衛隊のメンバーは一様に安どの表情を見せた。
自分はとても源田にノーとは言えない。言えるものなどいないと思っていたが村上が堂々と要請を突っぱねたのである
基地司令の村上が了承しない限り源田の要請は決して通らない。だが村上は最後まで貫き通せるのか
「村上君何か問題でもあるのかね」
「北にトラフィックは持っていけませんよ。それは源田さんも承知じゃありませんか」
「君たちは大げさなんじゃないか」
源田は苦笑いした。
多少の気流の乱れがどうした、そんなことで事故を起こすようなパイロットなど使い物にはならん。それが本音だった
「なあ君、俺は大した問題だとは思はないんだがどうだ?」
源田は村上の横に座る幹部に問いかけたが、その幹部は「はあ」と言いながらちらちらと村上の顔を見るだけだ。
「源田さん!」
それまでいつもの会話のように淡々と話をしていた村上が声を張り上げた。
「あなたは若者の命を何と思っているのか。今は戦時などではないのだお帰り下さい」
「貴様、誰に向かってそんな口をきいている」
源田は立ち上がり村上をにらみつけた、しかし村上にひるんだ様子は見えなかった。源田は決して村上が自分に折れることなどないことを悟った。
「そうか、なら仕方ない。この話は無かったことにしよう」
源田は部屋を出る直前に振り返り不快感をおくびも出さずに村上に笑顔を向けた。
「村上君、君の気持はわかった。まことに立派な指揮官だ。これからも学生たちの為に頑張ってくれ」
恥をかかされたと感じた真珠湾の英雄が航空自衛隊のトップに何を言ったのかは知ることはできないが。その後の村上が航空部隊の中で一番下の部隊の中に居続けたのを見れば容易に想像できる